こんにちは^^マルです。
これは少し前に、知人から聞いた話です。
場所は六本木ヒルズ付近の、とある横断歩道。
そこを一人の、見るからにちょっとヤンチャそうな若者が、
赤信号にもかかわらず歩いて渡っていたそうです。
そこへやってきたのが、なかなかゴツい車。
そして運転手も、なかなかイカつい風貌の中年男性。
危ないなぁと思った次の瞬間、
「プァーーーン!!」とクラクション。
さらに運転席の窓を開けて、
若者に向かって何やら大声で怒鳴っています。
クラクションを鳴らされた若者も黙ってはいません。
「なんだコラ」くらいの好戦的な勢いで、ツカツカと車のほうへ。
ゴツい車&見た目イカつめ中年運転手。
対するは、ヤンチャそうな若者。
これは一悶着あるな と。
知人もそんな気持ちで見ていたそうなのですが、
近づいてきた若者に運転手が怒鳴っていた内容を聞いて、
ちょっと驚いたそうです。
「おまえ、無敵か!危ねーだろ!信号守れや!」
「おまえが死んだら母ちゃん父ちゃんが悲しむだろーが!」
・・・怒っていることは怒っている。
でも、
「どこ見て歩いてんだコノヤロー!」的な
己の腹立たしさによる感情的な罵声ではなかったそうです。
「もしお前に何かあったら、悲しむ人がいるだろ」
怒鳴りながらも、言っていることの根本は相手を心配している。
すると、それまで明らかに好戦的な雰囲気で
車へ向かっていた若者も、
「・・・サーセン」
と素直に頭を下げ、その場を去っていったそうです。
なんだか、とても面白い話だなと思いました。
同じように注意するにしても、
「自分が腹を立てたから怒る」のと、
「相手のことを思って怒る」のとでは、
やっぱり伝わり方が違うんだな と。
それまでケンカ腰だった若者が、
素直に頭を下げたのも、
きっと怒鳴り声の奥にあるものを
ちゃんと感じ取ったからかな と思いました。
人に何かを伝える時、
正しいことを言っているかどうかだけではなく、
「何のために、それを言うのか」
という部分は、意外と相手に伝わるものなのかもしれません。
仕事でも私生活でも、
相手の間違いを指摘したり、
何かを注意したりする場面があります。
そんな時こそ、
「自分が腹を立てているから言う」のではなく、
「相手にどうなってほしいから言うのか」を
忘れないようにしたい、と思いました。
正しいことを言っていても、
伝わらなければ意味がない。
逆に、多少言葉が荒っぽくても、
そこに相手を思う気持ちがあれば、
ちゃんと伝わることもある。
相手を言い負かすことではなく、
相手に届くこと。
自分も何かを伝える時には、
そこを大切にしていきたいなと思った話でした。
まあ、どれだけ愛があっても、
六本木の路上で窓を開けて怒鳴るのは・・・
というオハナシでもありますけど^^;







